こんにちは、画家の落合真由美です。
今回は
印象派の画家クロード・モネのお話です。
美術といえば印象派の画家を思い浮かべる方
が多いですが、その中でも代表的な画家
がクロード・モネです。
モネは独自の視点と探究心で「睡蓮」などの
連作を残しました。
モネの作品は一度は目にしたことがある方が
ほとんどだと思います。
印象派を語るうえでは欠かせない画家モネ
とはどんな画家なのか?
あらためて印象派とは何か?
分かりやすく解説していきます。
印象派誕生のきっかけ

美術史の流れでは
イギリスの画家ターナー(1775-1851)による
モチーフを取り巻く空気感を表現するような
描写がモネをはじめとする後の印象派に
大きく影響を与えたとされています。
ターナーは対象の形だけではなく
人間の目に映る印象や対象を取り巻く
空気や大気を描こうとした画家です。
また1830年頃、コローやミレーなどの
パリ近郊のバルビゾンに住む
バルビゾン派の画家たちは
パリからほど近いフォンテーヌブローの森を
中心に制作活動をし自然の美しさの表現を
追求していました。

バルビゾンの画家たちが追求した自然の中で
描写することや自然光の捉え方は
印象派に大きく影響を与えました。
モネが生まれた19世紀は写真技術が
発達した頃でもあります。
この写真技術も印象派の画家たちを
触発しました。
写真だからこそできる瞬間の動き、
瞬間の表情の切り取り方は画家たちにとって
衝撃的なものだったのです。
これは瞬間の場面を素早く捉える
印象派の描法に繋がっていきます。
19世紀初頭の印象派の画家たちを取り巻く
環境においては、パリの急速な近代化が
キーワードになってきます。
道路や鉄道が発達しパリへ人口が
集中するようになりました。
その反動でパリ市民たちは休日になると
郊外に行き、水浴や舟遊びに夢中になります。
戸外で活動する印象派の画家たちにとって
パリ市民たちの戸外活動は絶好の
研究対象でした。
この頃はチューブ入りの絵具が開発された
時期でもあります。
持ち運びしやすいチューブ絵の具が
画家の戸外での制作を後押ししました。

モネをはじめとするルノワール、ドガ、
ピサロなど印象派の画家たちの作品には
風景だけでなく余暇を楽しむ庶民の日常の
瞬間の情景を描いた作品が数多く
残されているのがわかります。
印象派の描き方の特徴とは?

印象派の画家たちは戸外での制作を行い、
自然の移ろいゆく光の瞬間的な印象を捉え、
探究しました。
自然光は時間が経つにつれて変化しますし、
天候の移り変わりもあります。
モネをはじめとする印象派の画家たちは
その瞬間的な光や色彩の表情を素早く描く
ことを試みました。
モネは同じ場所やモチーフに季節、時間帯、
構図を変えて向き合い、描写方法を
研究したのです。
印象派の絵の具の使い方や筆使いも
独特なものでした。
通常、明暗を表現する際には
グレーや黒の使用が欠かせませんが、
それらの色はあえて使わずに制作します。
グレーや黒は何色かの絵の具を混色して作る
のですが混色すればするほど色は
濁っていきます。
自然光の明るい表情を捉えようとする彼ら
にとって濁った色は排除したい色でした。
印象派たちの作品は明度の高い色によって
描かれていることが分かります。
ではグレーや黒を使わずにどうやって
明暗を表現しているのでしょうか?
作品に近づいてよく見てみると分かります。
絵の具は混色せず、様々な色を
隣り合わせる様に配列して
形態や明暗が表現されています。
こうすることで明るく澄んだ色のトーンを
キープしながら明暗や形態を表現すること
ができるのです。
この様な技法は
「筆触分割」と呼ばれています。
モネ作品を近くでみると筆触分割により
荒いタッチに見えますが遠目から見ると
色が混ざり合って見え、複雑で繊細な発色
をしていることが分かります。
↓

画家クロード・モネの生涯

クロード・モネは
1840年パリで誕生しました。
1850年代に画家ウジェーヌ・ブーダンと
出会います。ブーダンから戸外での制作
をすすめられ空気や光を描くことを
教えられます。
1859年〜1862年にはパリで後の印象派
と呼ばれるルノワールやピサロたちと
出会います。
1870年、当時モデルとして活動していた
カミーユと結婚します。
カミーユはモネの作品に度々登場しています。
1874年に「第一回印象派展」を開催します。
伝統に反した革新的な描き方が当初は
大きな批判を浴びました。
1879年、妻カミーユが結核で亡くなり
モネは悲しみに暮れます。
1883年、ジヴェルニーに移住し、
晩年までここで暮らします。
1890年代
「積みわら」や「ルーアン大聖堂」などの
連作に挑みます。
1900年代
大型の「睡蓮」の連作に取り組みます。
晩年のモネは白内障を患い視力が低下する中
で独自の色彩感覚を頼りに制作を続けます。
1926年
ジヴェルニーの自宅で逝去しました。
モネは特に風景画をよく描いた画家です。
光そのものの美しさの表現に執着し
自身の心象風景も表現しようとしました。
風になびく衣服や雲の動きをモネは
繊細な筆使いによって描くことで
取り巻く空気の質感までも表現しました。
モネは
「風景画の様に人物画を描いてみたい」
と思いを巡らせていました。
作品「日傘をさす女」を見てみると、
陽光や風によって表情が変わる風景
と同じ様に人物を風景の一部として
表現していることが分かります。
当時の人物画といえば、
宗教画や歴史画が主流で貴族や上流階級の
人々が肖像画として描かれており、
そのほとんどは室内で
決まったポーズで佇む人物を描くことが
セオリーでした。
人物を風景の一部として登場させ、
仕草や表情を瞬間的に捉えようとする
モネのアプローチは革新的で、
見ているものをその場にいざなうような
力があります。
画家クロード・モネ作品解説

「ノルマンディー鉄道、サン・ラザール駅の到着」
当時の最新技術である蒸気機関車の
煙と光の印象を描いています。
蒸気機関車はモネに影響を与えた
画家ターナーの作品にも登場する題材です。
モネはターナーが見出した
「近代文明を描く」という新しい思想に
触発され、同様に「鉄道」を描きました。
「日傘をさす女」
妻カミーユと息子のジャンが
草原を散歩している場面が描かれています。
カミーユを見上げる位置からの構図で
逆光による影の色が繊細に捉えられています。
ただの風景画でもなく、
ただの人物画でもないこの作品は
風景と人物を取り巻く光や空気の瞬間の表情
がリアルに描かれているところが
見どころです。
モネはよくパラソルをモデルに持たせる手法
をとり光と影の質感の違いを表現しました。
「積みわら」
「積みわら」はモネが最初に取り組んだ
連作のモチーフです。
モネはジヴェルニー近郊の麦わらを
朝、昼、夕方、さまざまな環境のもとで
描きました。
素朴なモチーフだからこそ色彩や光の変化を
多感に捉えているのがよく分かります。
朝日に照らされて黄金色に発色する積みわら、
夕暮れで紫や赤に変化する積みわら、
時間帯で豊かに表情を変える積みわらを
連作として描きました。
同じモチーフを光の効果が違う様々な環境下
で連作として描くというモネの制作スタイル
が次第に確立していきます。
風景画のジャンルを超えて
描く対象となる空間だけでなく
時間による変化も捉える新たな表現
を開拓したのです。
「ルーアン大聖堂」
ノルマンディー地方にある都市
ルーアンの大聖堂を連作として描きました。
一見表情の変わらない不動の存在である
建築物を時間帯ごとの光の効果によって
異なる佇まいで表現しているのが革新的です。
「睡蓮」
睡蓮は200点以上にもなる壮大な連作です。
モネはジヴェルニーの自宅の庭に
睡蓮の池をつくり、異なる季節、時間帯、
天候にて繰り返し制作に挑みました。
睡蓮の花、葉、水面に映る空が
抽象的とも言えるタッチによって
独自の視点で表現されていて、
モネの芸術の集大成と言えます。
まとめ

画家クロード・モネについて
解説してきました。
「光の画家」として移り行く光の表現を
探究し、西洋美術史の改革者として
大きな影響を与えました。
モネは現代でも大変な人気ですよね。
モネの作品を鑑賞していると
描かれたその瞬間の気温や風、空気の匂い
まで伝わってきそうです。
美術といえば印象派を思い浮かべる方が多い
のは、光の効果を使って見た印象をキレイに
表現しているだけでなく、
画家の心象風景が
共感されやすいところにあるのではないか
と思います。
改めてモネをはじめとする印象派の作品を
楽しみたいと思います。
















