象徴主義の画家オディロン・ルドンの生涯|象徴主義とは何か?時代背景を分かりやすく解説

こんにちは、画家の落合真由美です。
今回は象徴主義を代表する画家
オディロン・ルドンについてのお話です。

ルドンの絵は見たことがあるでしょうか?
夢と現実、光と闇、生と死など相反する
テーマを提示し、その境界をあいまいに
させるような世界が描かれています。
ルドンは鑑賞者を自身の内なる世界に没入
させる力を持っていて、鑑賞する私たちは
瞑想したり、安らぎを覚えたりします。
ルドンと言えば鮮やかな色彩を繊細な描写で
描いた作品をイメージする方が多いかと
思いますが、ルドンの作風は彼の人生観
とともに初期の「黒の時代」から
晩年の「色彩の時代」へと大きな変化
をたどります。

ルドンの生涯や作風と共に象徴主義とは
何か?象徴主義が美術潮流に及ぼした影響
ついて分かりやすく解説していきます。

オディロン・ルドン生い立ち

オディロン・ルドン1840-1916

1840年
フランス、ボルドー生まれ
本名はベルトラン=ジャン・ルドンですが、
母の愛称にちなんでオディロン・ルドンと
名乗ります。
ルドンは裕福な家に生まれるも里子に出され、
子供時代は独りで自然と触れ合い空想をする
など寂しい子供時代を過ごしたようです。

1851年
ボルドーの学校へ通い、
デッサンに興味を持ち始めます。

1855年
画家のスタニスラス・ゴランからデッサンを
学んで黒を使った表現に目覚めます。
ルドンは「黒の画家」との別名もあるほど
黒の表現を追求しました。
ルドンは自分自身の幻想世界や人間の暗い
一面、あるいは希望を見出すような眼を
モチーフとして描きました。

1857年頃
父の勧めで建築を学びます。
また植物微生物学者クラボウと出会い、命の
神秘について考えるきっかけとなります。

1864年
パリでジャン=レオン・ジェロームから美術
教育を受けるも合わずにすぐに退学して
しまいます。
その後、ボルドーに戻って版画家ロドルフ・
ブレスダンから銅版画を習います。

ルドンは20代前半までに様々な師と出会い、
知識や技術を習得しました。

初期:黒の時代【1870~1890年代】

初期の時代のルドンは独創的な黒の世界
木炭やリトグラフを使って繊細に表現して
いるのが特徴です。
不気味な生き物や眼球、浮遊する頭部など
暗くて不気味なイメージのモノがモチーフと
なっていて、生命の神秘自分自身の不安
感情を黒を使って表現しました。
これは里子に出され寂しい子供時代を送った
彼の生い立ちが影響していると言われて
います。

1872年頃
パリに移り住み木炭画を制作します。

1878年頃
アンリ・ファンタン=ラトゥールから版画を
習います。

1879年
リトグラフ技法を習得し、石版画集
「夢のなかで」を出版します。

1880年40歳の年
カミーユ・ファルトと結婚します。

1882年42歳の年
二番目の石版画集「エドガー・ポーへ」を
発行、個展では木炭画などを発表します。

1884年
ジョリス=カルル・ユイスマンスの小説で
ルドンの作品が掲載され世間から知られる
ようになります。

1886年46歳の年
長男が生まれるも半年後に亡くなってしまい、
作品も暗い雰囲気になります。

1887年頃
印象派展に参加しボナールらとの交流をし、
パステル画を描き始めます。

 

晩年:色彩の時代【1890年代以降】

1889年
次男が誕生したことの幸福感から作品が色彩
鮮やかになります。パステルや油彩画で色を
豊かに表現していく作風へとがらりと変化
していきます。

1890年50歳
初の油彩画《目を閉じて》を描きます。
50代以降は神話や夢の世界を花や女性を
モチーフにしながら象徴的に描く画風を確立
します。ルドンの描く花は現実の野生の草花
と幻想の草花とがきれいに融合しているのが
特徴です。

1894年
デュラン・リュエル画廊で個展を開催し画家
としての地位を築きます。

1913年
アメリカのニューヨークで開催された
現代美術展アーモリショーに出店し、
世界に認知が広がります。

1916年
第一次世界大戦で戦っていた次男が消息を
絶ち、息子を捜索しようと旅に出るも風邪を
こじらせ、76歳で亡くなりました。

若い頃のルドンは孤独の中で独自の作風を
確立し、結婚後は子供に恵まれながら明るい
色彩を表現しました。
ルドンは40代半ばまでほぼ無名の画家でした
が現代では象徴主義を代表する画家となり、
シュルレアリスムの先駆者とも言われて
います。

象徴主義とは何か?

象徴主義は19世紀後半から20世紀初頭、
フランス、ベルギーを中心としたヨーロッパ
全土で起こりました。
1886年詩人のジャン・モレアスがフランスの
フィガロ紙に「象徴主義宣言」を発表した
ことが発祥です。
見たものだけを写実的に捉える印象派に疑問
を持った画家たちがこの運動を起こしました。

象徴主義では人間の内面や感情などの
目に見えないものが目に見えるものに
置き換えられて描かれました。
写真が発明され画家としての価値が
おびやかされるなか、象徴主義の画家たちは
目に見えないものを表現することにこそ
絵画の醍醐味があると考えたのです。

象徴主義は文学から始まり、演劇・音楽、
美術へと拡大していきました。

象徴主義誕生の時代背景

18世紀後半の産業革命が象徴主義誕生に
大きく関わっています。
ヨーロッパにおける産業革命はイギリスで
始まりました。社会経済は農業社会から工業
社会へと変わり資本主義が確立されました。
機械化によって世の中には大量にモノが
出回るようになります。
蒸気機関車が発明され、通信なども発達して
近代化が急速に進んでいった時代です。

イギリスで始まった産業革命はその後
ヨーロッパの各地に広がり本格化して
いきます。
そうした時代背景の中で物質主義合理主義
が台頭し、ないがしろになりつつあった人間
精神性を見直そうという動きが起きます。
目に見えない人間の内面、感情に目を向けて
表現しようとしたのが象徴主義の始まりです。

象徴主義の描き方とは?

画家個人の主観的な捉え方で描かれるので
鑑賞者それぞれに想像する自由や楽しみが
あります。

どんなテーマで描かれているのかというと
喜び、悲しみ、愛情、生死などの人間の感情、
形のない抽象的な観念、哲学などの目に
見えないものです。
これらのテーマは
神話、宗教、夢などにに置き換られ、
静かで落ち着いた雰囲気で描かれます。

ヨーロッパ全体に拡大した象徴主義

象徴主義はヨーロッパ全土やロシアにまで
拡大しました。各国で二十人組、
ウイーン分離派、ミュンヘン分離派などが
結成されました。

 

二十人組(レ・ヴァン)

1883年ベルギー・ブリュッセルで結成

見たものだけを表現する保守的な画壇に反発
し20人の画家たちによって結成されました。
毎年展覧会を開催し、印象派や後期印象派
などの画家たちを招待しては交流して
いました。

 

ウイーン分離派

1897年にオーストリア、ウイーンで結成

グスタフ・クリムトを中心に結成され伝統
から分離して、絵画・建築・工芸などの分野
を融合しようとするなど新しい表現を追求
しました。

 

ミュンヘン分離派

1892年ドイツのミュンヘンで結成

絵画や工芸などで毎年国際展を開催し、
ドイツにおける象徴主義美術の発展に影響を
与えました。第一次世界大戦を経てナチス
政権によって一時的に解散させられた経緯が
あります。ナチスは近代美術を退廃芸術と
みなし、象徴主義の精神性は病的なものだと
排除しました。しかし第二次世界大戦後に
再結成されています。

 

ルドンと同時代の象徴主義の画家

ルドンと同時代の画家では
ギュスターヴ・モローも代表的な象徴主義の
画家です。またウイーン分離派を結成した
クリムトも独自の絵画を確立し現代でも大変
人気のある画家です。
またラファエル前派のミレイは象徴主義の
先駆けとも言われています。

ギュスターヴ・モロー1826-1898

神話や聖書を題材にした作品を描き神秘的な
雰囲気が特徴です。
幼い頃からギリシア神話やローマ神話に興味
があり31歳でイタリア留学しルネサンス美術
を学びました。
文学との関わりも深く、小説家のジョリス・
カルル・ユイスマンスによって作品の中に
取り上げてもらったことでモローの認知
は広がりました。

 

グスタフ・クリムト1862-1918

女性像を官能的に表現し、金箔を用いた独特
の装飾を施した作風が特徴です。
金細工師の父もとに誕生し、絵が得意だった
ことから画家を志します。
1897年35歳の時にはウイーン分離派を結成し
独自の画法を確立しました。ウイーン分離派
は美術と工芸の融合を目指しました。

 

象徴主義の先駆け|ラファエル前派

ジョン・エヴァレット・ミレイ1829-1896

ラファエル前派の画家ですが象徴主義の
先駆けとも言われています。精密な描写と
鮮やかな色使いで描いた《オフィーリア》が
有名です。11歳でイギリスのロイヤル・
アカデミー付属美術学校に入学しましたが
当時の美術の捉え方に疑問を抱いていた
ミレイは同級生のロセッティや
ホルマン・ハントらとラファエル前派を
結成します。
ラファエル前派はルネサンスの
巨匠ラファエロ以後の潮流を退廃芸術と捉え、
ラファエロ以前の芸術に戻ろうとしました。
中世の歴史や文学などから着想を得て写実的
な表現を大切にした描写が特徴です。
ラファエル前派のラファエルとはラファエロ
の英語読みから来ています。
象徴的な手法も使っていたことから
ラファエル前派は象徴主義の先駆けとしても
知られています。

象徴主義が与えた影響

象徴主義はそののちのアートの思想にどんな
影響を与えたのかというと、
アール・ヌーヴォーやシュルレアリスムなど
へ表現の形を変えて受け継がれていきました。

19世紀末の世紀末芸術

19世紀末は産業革命による急速な技術発展と
社会的な不安で混とんとしていて、この頃の
芸術は死・罪・宿命など退廃的なテーマで
表現されています。
内面を主観的に表現する象徴主義の
アプローチは世紀末芸術にマッチし
影響を与えました。

アール・ヌーヴォー

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパ
を中心に起こった装飾様式です。
アール・ヌーヴォーとは「新しい芸術」を
意味します。
物質主義や合理主義に反発して美術と工芸を
融合するスタイルと装飾性が特徴です。
植物のつるのようなモチーフ、機械で
は作れないような曲線的な装飾、鉄や
ガラスなどの素材を取り入れ、絵画・建築・
工芸など様々な分野で流行し、
多くの芸術家が活動しました。

シュルレアリスム

1920年代にパリで誕生しました。
シュルレアリスムは合理性に反発して無意味
さ、無意識に新たに価値を与えようとした
美術運動です。画家たちは想像力を働かせて
自由な思想で現実と虚構が入り混じったよう
な神秘的な世界を描きました。
象徴主義の「人間の感情や精神に目を向ける
こと」、「夢や神秘性のある表現」をより
追求していく形で継承されました。

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まとめ

アートは伝統を上手く継承しながらも画家
たちが疑問に感じた部分を追求したり、
解釈しなおしたり、新たな創造を加えたり
しながら様々な潮流がつくられてきました。
時代背景によって人間の考え方や感じ方が
変わりそれが芸術の形となって人々を鼓舞
していくのですね。
退廃的な時代の空気感から生まれた象徴主義。
政治的な混乱や急速な近代化のひずみから
画家たちは目に見えないものに思いを馳せる
ことで命を燃やしたのですね。

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