ゴッホは、強い色彩と感情のこもった筆遣い
で知られる画家です。名前はよく知られて
いても、どんな人生を送り、どのような作品
を残したのかは意外と知られていません。
この記事では、ゴッホってどんな人かを
出発点に、生涯、作品の特徴、代表作を
分かりやすく解説します。
ゴッホってどんな人?

ゴッホは、19世紀後半に活躍した
オランダ出身の画家で、鮮やかな色彩と
力強い筆遣いによって、風景や人物に
強い感情をこめて描いたことで知られます。
新印象派の影響を受けながらも、
自分独自の表現を深め、のちの20世紀美術
にも大きな影響を与えました。
現代では、セザンヌやゴーギャンらと並ぶ
後期印象派の重要画家として扱われています。
画家ゴッホと言えば
日本人が大好きな画家の一人
ではないでしょうか?
ゴッホ展が開かれれば大盛況ですし、
ゴッホ作品には破格の値段が
付けられています。
激動の人生をたどり、
燃えるような情熱で絵を描き、
常に自分自身を見つめ直す姿勢が
私たちを魅了するのかもしれません。
ゴッホの生涯

フィンセント・ファン・ゴッホ
1853年
オランダ南部生まれ。
1869-1879年
画商、教師、書店員、伝道師など
職業を転々とし挫折する。
1880年
27歳
弟テオの勧めで画家になる決心をする。
1885年
静物や農民の暮らしを
ダークな色調で写実的に描く。
1886年
弟テオの住むパリへ赴き
新印象派ベルナール、ゴーギャン、スーラ
の色彩豊かな画風に
影響を受ける。
1887年
画家ゴーギャン(1848-1903)と出会い
共同生活を始める。
見たままに描くのではなく
内面の感情を描くべきだという
ゴーギャンの思想に
ゴッホは大きな影響を受ける。
遠近法を無視した平面的なとらえ方で
ハッキリした輪郭線で描く手法も
ゴーギャンから影響を受ける。
1888年
パリでの暮らしが上手くいかず
南仏アルルに向かいゴーギャンを師として
心酔し一緒に暮らす。
作品が明るく大胆な色彩やタッチに変化。
現代の私たちがイメージする
色彩豊かな作品が生まれる。
代表作は
「アルルのはね橋」
「ひまわり」
「夜のカフェテラス」など。
その後ゴーギャンとは
お互い個性が強すぎた故に反発しあう。
ゴッホは心神喪失になり
自分の左耳を切り落とす。
1889年
アルルの北東にあるサン=レミの療養所に
入院する。

1890年
療養所を出て数ヶ月後
ピストル自殺を図る。
享年37歳。
ゴッホの人生を見ると
画家として生きたのは
たった10年間だったことが分かります。
新印象派画家たちに衝撃を受けて絵が変わり
ゴーギャンと出会い自分の絵の方向性が
確立され感情に揺さぶられながらも
自分自身と向き合い続け
最後まで絵を描いていったことが
分かります。
ゴッホはこのわずかな10年の画家生活
の中で860点もの油絵を描きました。
いかに情熱的に絵と向き合っていたかが
感じ取れます。
あわせてゴーギャンの生涯を確認したい方は、
こちらもご覧ください。
ゴッホは印象派なのか
新印象派画家との出会いでゴッホは
明るい色彩感覚に目覚めて
一気に絵が明るくなります。
新印象派は、戸外の光や瞬間的な印象を
とらえた印象派の流れを受けつつも、
色を理論的に扱います。
点や細かなタッチで計画的に制作を進める
のが特徴です。代表的な画家は
スーラやシニャックなどが挙げられます。
ゴッホはパレットやキャンバス上で
色を混ぜないスーラに影響されて
点描の技法を使ったりもしました。
青や黄色、オレンジなど細かい点の集合で
描いていることが分かります。
ゴッホは分類としては後期印象派が基本
でありながら、新印象派との関わりのある
画家と説明できます。
浮世絵とゴッホ

1867年パリで開催の万国博覧会を
きっかけにフランスでは
ジャポニズム(日本ブーム)が起きます。
ゴッホが印象派の次に興味を持ったのが
日本の浮世絵です。
ゴッホは浮世絵画家の歌川広重の作品を
模写したことも良く知られています。
浮世絵の色彩感覚や平面構成、
輪郭線をはっきり描く手法に
惹かれていました。
ゴッホの作品が日本画に通じていることも
現代の私たちがゴッホ作品に惹かれる
理由の一つではないかと思います。
ゴッホの代表作
「アルルの寝室」1888年
ゴーギャンとの共同生活が始まる前の
喜びが込められた作品。
家具や寝具を安息と眠りの象徴として
描いています。
黄色い色面で描かれたベッドに
鮮やかな赤のポイント使い、
さわやかで落ち着いた水色の壁面をみると
ゴッホの前向きな感情が見て取れます。
ゴッホにとって黄色は
幸福の象徴色だったようです。
黄色を使って描かれた作品「ひまわり」も
有名ですよね。
「糸杉」1889年
ゴッホにとって
うねるように成長する糸杉は
自分自身の苦悩や不屈の精神を
投影するもので
お気に入りの題材だったようです。
「自画像」1889年
療養所に入院していたころに描かれた
自画像です。
自ら切断した左耳を隠すように
描かれています。
自殺する一年前のものですね。
全体がくすんだ寒色系で描かれていて
表情も沈んでいるように見えます。
ゴッホは画家人生の10年間に
37枚もの自画像を描きました。
ゴッホにとって自画像は
自分を見つめ直すものでした。
ゴッホ作品の特徴
ゴッホ作品の魅力といえば
やはり鮮やかな色彩感覚と
バランスの良い構成力ですね。
特にアルルに移って
ゴーギャンと共同生活をしていた頃の作品
はとてもあか抜けていて
現代の私たちが見ても
新鮮でモダンな雰囲気があります。
主題を分かりやすく描いていること、
画家の感情も込めていて
鑑賞者が共感しやすいこと、
日本の絵画論も取り入れていて
私たち日本人になじみのある描法を
していることが
わたしたちを惹きつける理由
なのではないかと思います。
ゴッホは多作の画家ですが
生前に売れた絵はたったの一枚でした。
現在ゴッホの作品と言えば
破格の値段が付けられていますが
どのようにしてここまで
世界的に有名になったのでしょうか?
生前にゴッホを支え続けたのは
画商でもある弟テオでした。
兄の才能を見込んで金銭的援助をして
支え続けました。
テオもゴッホが自殺した半年後に
亡くなりますが妻のヨーが
亡き夫の遺志を引き継ぎ
回顧展を開催しました。
その後、ゴッホの色彩論や
絵画への激しい情熱が
段々と世界に知られるようになります。
死後間もない時は1点数万円、
1900年代には約300万円、
1987年には「ひまわり」に53億円、
1990年には「医師ガシェの肖像」に
124億円の値が付けられます。
弟とその妻がゴッホの才能を信じ続けた
結果かもしれません。
まとめ

ゴッホの激動の人生やその表現力、
作品の特徴について解説してきました。
絵に対してものすごい情熱を
持っていたんだなと感じます。
ゴッホのように
自分の置かれている環境や
その時の心情によって
絵の作風は変わったりしますよね。
新しい体験をしたり、
いろいろな場所に赴いたり、
いろいろな人と関わって
新しい価値観を見出したり、
画家として表現をするにあたって
どんな環境に身を置くかも
作品に関わる大事なことなのではないか
と思います。


















